わたしの京大力

No.017
滝 真奈

がんとうまく付き合い
健やかに生きられる未来をめざし、
新しい免疫治療の開発に取り組む。

医学部附属病院 助教 滝 真奈

Profile

2007年、京都大学卒業。産婦人科医。これまで田附興風会医学研究所北野病院、日本赤十字社和歌山医療センター、滋賀県立成人病センター(現 滋賀県立総合病院)、MDアンダーソン癌センターに赴任。2020年より現職。専門分野は卵巣癌をはじめとする婦人科腫瘍で、腫瘍免疫に着目した新たな治療法を研究している。京都大学創立125周年記念ファンド「くすのき・125」の2020年度採択者。採択テーマは「がんの上皮間葉転換を免疫治療で制御できるか」。

がんの悪化を抑える新しい免疫治療を研究中。

 私は卵巣がんなどの婦人科がんについて、「上皮間葉転換」と免疫の関係に着目して研究に取り組んでいます。

 一言にがんと言ってもその性質は多種多様で、浸潤や転移が起こりにくいタイプもあれば、起こりやすいタイプもあります。この浸潤や転移が起こりやすい性質に関わっているのが上皮間葉転換、簡単に言えば、ある意味“おとなしい”固形から“移動しやすい”アメーバ状へと『がん細胞の顔つき』が変わることです。それだけでなく、上皮間葉転換はがん細胞から身体を守る免疫細胞の働きを抑制する性質があることもわかっています。

 これまでのがん治療では、まずは手術や放射線でがん細胞自体を取り除いてやり、それと並行して抗がん剤を使うのが一般的でした。この3つの治療に加えて、数年前から免疫治療が取り入れられるようになってきています。免疫治療は正常細胞を攻撃しないため、患者さんの身体への負担が比較的少ないことがメリットですが、今のところ効果が期待できるがんの種類が限られていて、とくに上皮間葉転換を起こすがんには効果が出づらいという課題があります。上皮間葉転換に対して有効な免疫治療を確立することができれば、患者さんの負担を大きく軽減することにもつながります。

 現在取り組んでいる研究では、子宮体部癌肉腫という悪性度の高いがんをターゲットに、上皮間葉転換が免疫抑制を引き起こす負のスパイラルを断ち切るべく、分子レベルでその仕組みを解明しようとしています。

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産婦人科医として日々患者さんに向き合っている滝先生。写真は外来の診察室にて。

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実験室で研究に取り組む滝先生。

がんが「普通の病気」になる未来に向けて。

 私は京都大学医学部を卒業後、産婦人科医として病院に勤務していました。多くの患者さんを診ている中で、研究によって新しい治療法を見つけることができれば、目の前の患者さんだけでなくより多くの人を救うことができるのにという思いが強くなっていったんです。疾病の中で、とりわけ多くの人の命に関わるのががんです。がんとは何かという根本を理解して、多くの人の助けになりたいと考えて7年前に大学院に進み、研究をはじめました。

 現在、日本全体で約半数の方ががんを患い、3分の1の方ががんで亡くなっています。高齢化がさらに進むと、この割合はさらに大きくなっていくでしょう。がんで亡くなる場合、病気そのものの悪化に加えて、治療による身体への負担も大きくなります。心身ともにつらい闘病生活のすえに亡くなられる方が多いのも事実です。

 そこで私が考えているのが、『がんと共に生き、がんで死なない社会』の実現です。これまでのがん治療は、がん細胞の根絶をめざす治療が主流でした。しかし、免疫治療によってがんの進行をコントロールできるようになれば、根絶はできなくとも、今のように深刻な病気ではなく、高血圧と同じような普通の病気のひとつにしていくことができると考えています。そうすれば、がんを抱えながらもやりたいことにチャレンジしたり、大切な人と過ごしたりする時間を延ばすことができ、多くの人がより充実した人生を送れるようになるでしょう。

 がんとの共生を考えるようになったのは、私が研修医だった頃に先輩の医師からある話を聞いたことがきっかけでした。その先輩によれば、がん以外の病気で亡くなった方のご遺体を解剖してみると、肺などの臓器にごく小さながんが見つかるということがよくあったそうです。その方は別の病気で亡くなるまでの間、がんと共生していたと言ってもいいかもしれません。つまり、がんが小さいままで悪さをしなければ、生きていくうえで大きな支障はないとも言えます。

 この話を聞いてから、何が何でもがん細胞を体内から追い出すという必要はないのでは、と考えるようになりました。がん細胞も元は自分の細胞で、加齢とともに自然に発生してくるものです。また、現在の根治をめざす治療は、患者さんにとって大きな負担にもなります。がんも自分の身体の一部と捉えて、うまく付き合っていくという考え方があってもいいのではないでしょうか。

 がんで苦しむ人がいなくなる社会をめざして、個別の治療法だけでなく、がんそのものに対する理解を深めていきたいと考えています。

わたしの京大力MY KYODAI-RYOKU

周囲に流されず淡々と、そして着実にものごとの本質に迫るブレない力。

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