未来の子どもの笑顔のために。
発達科学の研究と実践の両輪で
親と子の健やかな「共育」を支える。
教育学研究科 特定助教 松永 倫子
京都大学大学院教育学研究科修了。同研究科特定助教。専門は発達科学で、人の発達の個人差や母子のかかわりが発達に及ぼす影響を研究している。研究成果と産学連携活動での実績が評価され、令和2年度総長賞受賞。
教育現場に学び、親子が共に育つメカニズムを究明する。
私が取り組んでいる発達科学は、子どもの認知や精神活動の成長を扱うこれまでの発達心理学にとどまらず、ヒトの進化の過程や生理的メカニズムなどあらゆる角度から人間の発達にアプローチすることが特徴です。総合知によって「人間らしさとは何か」を探求する新しい学問として、私の指導教官でもある明和政子教授が開拓してこられました。
子どもの発達というテーマに興味を持った背景には、私の幼少期の経験があります。家ではいつも家事や育児に追われて辛そうな母の様子を目にしていて、外に出ると同じ団地で暮らす私の2、3歳上のお兄ちゃん、お姉ちゃんたちに遊んでもらっていました。周囲の環境に育てられたという実感と、当時の母が背負っていたものを理解したいという思いから、大学では教育学を志しました。京都大学を選んだのは、教員を養成するだけでなく教育そのものを研究する環境があったからです。
入学してからは勉強と並行して、教育現場でのアルバイトや子どもの居場所を作る学生団体の活動に力を入れていました。そこで痛感したことに、子どもの発達に対する親の影響の大きさがあります。子どもを笑顔にするためには、まず親を笑顔にしなければならないと考えて、親子のかかわりやそれによる心身の変化を研究テーマに選びました。
子どもの発達の一方で、親の身体にも妊娠、出産、育児を通して脳やホルモンバランスの変化が起こり、徐々に親らしい心が育まれていくことが研究によってわかってきました。重要なのは、こうした変化には非常に大きな個人差があるということです。心身の変化が育児にプラスに働けばいいのですが、逆にストレスになってしまう場合もあり、「自分は親失格なのではないか」という親の苦悩は子どもにも伝わってしまいます。心身の変化やその個人差を生理的なメカニズムから明らかにすることで、そんな辛さから解放される親子が少しでも増えればという思いで研究に取り組んでいます。
研究は社会に貢献できるのか? その答えを見つけた産学連携。
私にとって研究は、子どもたちの笑顔を増やすための手段の一つだと考えています。とはいえ、一つの研究で示せる新しい知見はごくわずかで、直接的に社会実装につながるケースはほとんどないのが現実です。何のために研究を続けているのだろうかと思い悩んでいた時期もありましたが、研究を通して少しずつ発達への理解が深まるごとに、いろいろな可能性が見えてきたんです。それが結実したのが、紙おむつなどの衛生用品を使うメーカー、ユニ・チャームさんとの産学連携でした。
子どものトイレトレーニングは、これまではオムツが濡れる不快感や、失敗した時に親がたしなめるといったネガティブな動機づけによって行うことが一般的でした。しかし、この方法では子どもにも親にもストレスが過度に高まりやすくなります。そこでユニ・チャームさんと私たちが議論を重ねて開発したのが、子どもが好きなキャラクターを介して親子のポジティブなコミュニケーションを促し、楽しくトイレトレーニングに励むことができるスマートフォンアプリ「トイトレ」です。効果を検証してみると子どものストレスが大きく下がり、トイレの成功率も驚くほど伸びていました。アプリは10万ダウンロードを超えるヒット作になっています。
今回応用したのは古典的な学習理論でしたが、企業とタッグを組むことで実際に効果が目に見えるプロダクトになることに手応えを感じました。令和2年度総長賞を受賞したときにも、研究と社会実装の両面を評価いただいたことが嬉しかったです。研究と社会実装の両輪を大切にして、今後は妊娠期から育児期までの親子の「共育」を一貫してサポートできるような仕組みを作りたいと考えています。
「トイトレ」の検証の様子。アプリを介して自然と親子のコミュニケーションが生まれるように設計されている。
総長賞を受賞し、指導教官の明和政子教授と喜びを分かち合った。
好奇心をすくすく伸ばし、研究の先にある理想の実現につなげる創造力