京都大学のあゆみ

歴代総長の式辞で振り返る
尾池 和夫

平成20年度 大学院入学式式辞

尾池 和夫第24代総長

尾池 和夫

 国立大学法人法が施行され、2004年4月国立大学法人京都大学が発足した。国の組織から制度上独立し学長の権限を強化することで、弾力的な大学運営及び教育研究の活性化につながるとされ、学外者を含めた学内管理体制が整備された。教育研究活動を支援するための全学同窓会や京都大学基金も設置されていった。未来フォーラムやクロックタワーコンサートなど新たな催しも次々と開催され、「ホワイトナイル」や「総長カレー」は国立大学のイメージを一新する取り組みとして話題になった。
 2008年度大学院入学式では、尾池総長は法人経営の長として、また研究の面白さを大切にする研究者として、両方の立場から式辞を述べている。大学の役割の根本は、教育と研究と社会貢献と述べ、他大学との連携や産学連携の推進を通して社会へ貢献しようとする姿がうかがえる。他方、研究に対する真摯な姿勢を忘れずに面白いという気持ちを原動力に大いに学問を楽しんで欲しいと、学生たちの活躍を願っている。

平成20年度 大学院入学式

2008(平成20)年4月7日

 本日、京都大学大学院に入学した修士課程2,210名、専門職学位課程368名、博士(後期)課程915名の皆さん、入学おめでとうございます。ご来賓の沢田元総長、長尾前総長、名誉教授、ご列席の副学長、研究科長、学舎長、教育部長、研究所長とともに、皆さんの入学を心からお慶び申し上げます。
 皆さんは学問の道をさらに究めるために、さまざまの学問分野へ、さらに一歩を踏み出す地点に立っておられます。それぞれの分野で、学習と研究を進め、世界の舞台で活躍される日が近いという地点に立って、未来を見つめておられることと思います。新たな飛躍のためにも、くれぐれも心身の健康に留意して、京都大学の豊かな知の蓄積を活かしながら、楽しく学問を続けてほしいと思います。京都大学は、皆さんが学習と研究を力一杯進めていけるように、大学の制度を整え、キャンパスの設備の整備に努めます。
 京都大学は、基本理念の中に、「自由の学風」ということば、「多元的な課題の解決」ということば、そして「地球社会の調和ある共存」ということばを使っています。これらは、21世紀の世界の基本的な考え方に結びつくことばであると思います。
 大学の役割の根本は、教育と研究と社会貢献です。京都大学は、世界的に卓越した知の創造と、卓越した知の継承と創造的精神の涵養につとめることを基本理念としています。知の創造が研究ということの基本であり、知の継承と創造的精神の涵養が教育の基本であります。そしてそれらの経験を活かして他大学との連携を進め、産学連携を進め、知の蓄積を世の中に役立つ形で活かしていくのが社会貢献であります。地球を思うこころを持っていて、科学技術に精通していて、それらをマネージメントに活かす人材を育てることも、これからの大学教育の重要な役割の一つです。
 21世紀は知の世紀です。知の創造と発信、知の移転と流通こそ、世界の人類に貢献することであり、教育のグローバル化が進展する中で、大学の役割が知の創造と蓄積と社会への還元にあることを認識することが重要です。
 知の創造は、私利私欲を持たない研究者によって力強く進められることが重要です。研究者の世界は競争社会とよく言われます。しかし、競争しても、スポーツのように勝ち負けをいう競争ではありません。もちろん科学や技術の研究成果は、先に発表した人の成果とされますが、そこに至る競争は世界の研究者が参加して行われ、情報が交換される中での、実に楽しい競争であります。そして最初に成功した研究者には最大限の賛辞が送られ、多くの研究者によって追試が行われて、その成功が確認されます。追試の中からまた新しい発見があります。このような基本を認識していないと、ときに実験データの改竄が行われたりする悲劇が発生します。
 人類がまだ見たことのない物を見つけたり、まだ誰も知らないことを知るというのは、たいへんに楽しいことで、小さい発見でもこころのおどる経験をします。しかし、科学の発見は、記述した論文が公開されることで成立します。優れた発見は重要な業績ですから、先を争うことになりますが、発見に至る過程が再現性のある形で記述されていて、他の研究者の追試によって結果が認められることが重要です。
 追試が行われるということは、他の科学者が発見の価値を認めている証拠です。研究者が自分で記者会見して、それをもとに新聞などが研究成果として紹介しても、世界の科学者によって追試が行われていなければ、専門家に価値が認められていないのです。追試が行われていない論文は、周知の事実であったり、追試に値しないものであるという判断が出ているのです。追試をしてもらえるように、いつも世界の研究者たちと交流して、自分の発見を注目してもらうよう心がけてほしいと思います。京都大学教育研究支援財団は、そのような大学院生のために海外へ出かける旅費を支援します。
 再発見ということばもあります。有名な例は、メンデルの法則です。1866年のメンデルの論文「植物雑種に関する実験」で示された遺伝の原則が、コレンス(C.Correns)、チェルマク(E.Tshermak)、ド=フリース (H.de Vries)の3人によって再発見されたのは、1900年のことでした。最初メンデルが発表したときには誰もそれを認めませんでした。3人による再発見によって、メンデルの発見が初めて認められることになりました。ウェゲナーの大陸移動説も再発見の例として言えるかもしれません。
 漢の時代に張衡という人がいました。地動儀という器械を発明しました。これは発見ではなく発明というべきことです。人類はさまざまな道具を作りました。自然法則を利用して機械を創り、素材を作り出しました。発明は富をもたらすことがあり、公開することの代償として、独占的な権利を発明者に与えることが行われます。各国において、発明は特許による保護の対象とされます。しかし、発明の定義は明確ではなく、多くの国で、発明は判例と学説によって定義されます。日本では、発明は「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」と法で定義されています。
 ときには発見でありかつ発明であるという仕事もたくさんあります。この1年ほどの間に京都大学には多くの発見や発明がありましたが、中でもiPS細胞研究センター長の山中伸弥さんのiPS 細胞の樹立は、際だった成果でした。分化した細胞が4つの遺伝子で元に戻るというのは驚くべきことで、大発見であり、それを実験で示した方法は偉大なる発明です。
 発見や発明は、それだけでは社会貢献になりません。発明や発見はそれを形のあるものにして、誰にでも利用できるものに仕上げ、他の人に伝えることが必要です。それは論文であったり、設計図であったり、さまざまの形をとりますが、いずれにしても再現性を持っていなければなりません。利用できる形に仕上げるのには、多くの人材が一丸となって協力して仕事を展開しなければなりません。
 専門家の間の評価ではなく、研究の成果に関する世の中の分析や見方には、さまざまのものがあり、それらが報道されたときに、その意味をきちんと理解して、間違った影響を受けないことも大切です。自然科学や技術の論文を見る見方と、芸術や文学の論文には、また異なることもあるでしょう。
 例えば、今年の1月末に、論文の生産費という記事がメディアに載ったことがあります。東京大学の論文1つあたりのコストが1,845万円で、国立大学でコストが最大であるという表現です。言い換えて、論文の生産性が最低レベルにあると表現されます。この統計では、京都大学は、1,592万円ですから、生産性が東京大学より高いということになりますが、誰一人そのような情報の価値を認める研究者はいないと思います。実際の数字をもとにしていたとしても、おもしろい見出しが付くように仕上げた記事に乗せられてはいけません。
 さまざまの注意は必要ですが、細かいことにとらわれずに、皆さんには大いに学問を楽しんでほしいと思います。学習や研究は楽しいものです。実におもしろいというのが、学問を続けていくための大きな原動力です。その、おもしろいという気持ちをいつまでも忘れないように、またさらにおもしろくなるように研究の計画を進めていってほしいと思います。
 そして、自分が研究してわかったことを、市民にわかりやすく伝える工夫をしてください。多くの人びとが何を知りたいかを把握した上で研究の計画を立てるということも、場合によっては大学院で研究する場合に意味を持っていることがあります。やがては学位を得て、国際社会に貢献する人材となるということを心がけていてほしいと思います。
 大学の中を見せるために、京都大学はさまざまの工夫をし、施設設備を用意します。総合博物館もその一つです。総合博物館では、4月9日(水)から8月31日(日)まで、2008年春季企画展「京の宇宙学-千年の伝統と京大が拓く探査の未来-」があります。1006年5月1日の深夜に、京の空に歴史上もっとも明るい星が輝きました。それが超新星SN1006です。『明月記』に「客星」と記録された星です。2006年に日本のX線衛星「すざく」で、直径50光年の巨大な火の玉に成長した超新星SN1006の姿をとらえることに、京都大学の研究グループが成功しました。企画展の期間中にぜひご覧いただきたいと思います。
 最後に、先月の卒業式で申し上げたことですが、京都大学では、学部学生にも大学院の学生にも、すでに多くの支援策を用意して、学費の軽減や生活費の支援を実行しています。これらの情報をわかりやすく整理して提供しますので、上手に利用してください。支援はまだ決して十分とは思っていませんので、今後とも学生支援を充実する努力を継続的に重ねてまいります。とくに博士課程では、世界の将来を担う人材に、安心して研究に従事できるよう、多くの大学院生にさまざまの仕組みで給料を支給しています。しかし、もっとも大きな課題は、大学院を出て博士学位を授与された重要な人材を採用して、力を発揮してもらうための研究者のポストが少ないということです。若い研究者のポストを増やす方策を具体的に検討するよう、京都大学の役員全員が最重点課題として取り組むよう決意しています。
 ここに入学式を迎えた方々の中には、大きな能力を持っていて、まだそれを明確に自分で見つけていない人もきっと多いと思います。自分の才能を見つけることも、学問を志す人にとって大きな発見の一つです。もともと教育は、その人の持っている能力を最大限に引き出すものでなければなりません。皆さんにとって、京都大学がそのような場であってほしいと願っています。京都大学の豊かな知財を活用しながら学習し研究して、皆さんが元気に活躍されるようにと願って、私のお祝いのことばといたします。
 大学院入学、まことにおめでとうございます。

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