日時:2018年12月27日(木) 場所:京都大学基礎医学記念講堂 階段教室
本庶 佑特別教授 ノーベル生理学・医学賞 受賞特別鼎談
本庶 佑
高等研究院副院長・特別教授 (中央)
山中伸弥
iPS細胞研究所所長・教授 (右)
司会:湊 長博
プロボスト 研究担当理事・副学長 (左)
本庶● 受賞が決まってすぐに、「どんなことが待ち受けるのか教えてほしい」と山中先生に電話しました。(笑)奥さまには、妻の着る着物の指南も受けました。
山中● 私が先生にアドバイスできるのは、ノーベル・ウィークの情報と準備くらいです。(笑)先生の袴姿は、すてきでした。
湊● 袴姿の先生の写真を撮りたかったのですが、会場で先生を探しても人は多いし建物の構造もわからなくて、ついに見つけられなかった。(笑)
本庶● 共同研究者は家族と同じくらい大切ですから、会場で会いたかったのですが、式典の会場では同席する機会がなく残念でした。
山中● ノーベル・レクチャーでの受賞記念講演はとても好評でしたね。
本庶● ノーベル・レクチャーが重要だと思っていたから、準備にはエネルギーを使いました。評判が良くてホッとしました。
山中● 英語もお上手ですからね。私は、「ジョークはすばらしい」と言われても、英語は褒められませんでした。(笑)
湊● 京都大学には今、狭い医学系の構内に2人のノーベル生理学・医学賞を受賞した現役学者がいることになりました。すばらしいことです。
山中● 本庶先生と初めてお会いしたのは、私が奈良先端科学技術大学院大学にいたときのジョブ・インタビューでしたね。iPS細胞発見の1年くらい前で、本庶先生や中西重忠先生(京都大学名誉教授)の前で1時間ほどのセミナーをさせていただきましたが、あのときは緊張しました。
本庶● お話を聞いて、「本当なら、これはすごいことだ」とコメントしたのを、私も記憶しています。
湊● そのiPS細胞の発見から12年がたち、医療への展開も着々と進んでいます。
山中● 2018年には、京都大学医学部附属病院で、パーキンソン病の治験が始まり、患者さんの脳にiPS細胞から作ったドパミン神経前駆細胞を移植する手術が実施されました。これから数年以内に、いくつかのiPS細胞を用いた臨床試験が始まることが期待されます。これまで大きな副作用はありませんが、臨床試験の数が増えてくるこれからが本番です。
湊● 医療の現場では、医師や看護師など、さまざまな医療従事者が一丸となって治療にかかることになりますね。
山中● 基礎研究や前臨床研究は研究者が中心ですが、臨床試験の主役は臨床医。現場は、研究室から病院に変わります。再生医療は手術での治療が基本ですから、いくら優れた細胞をつくっても、手術する人によって結果が左右するかもしれません。もちろん、術者が上手なだけでもいけません。疾患によってはリハビリテーションも重要ですから、看護師さんを含めたサポートチームの役割も大きいです。
私たちにできることは、細胞というピースをできるだけ優れたものにすることです。といっても、そのピースはジグソーパズルの1つのピースにすぎません。たくさんのピースが揃って初めて疾患は良くなります。全体を総合的に判断せねばなりません。
湊● 本庶先生は、がん治療と免疫学の2つを結びつけ、新しいがん治療を確立されました。「進行がんでも完治しうる」ことが現実になってきましたね。
本庶● 現在の免疫治療の主流は、複数の免疫チェックポイント阻害薬と他の抗がん剤などを用いる併用療法(コンビネーション・セラピー)です。世界各地で臨床試験が進んでいて、アメリカだけでも1,000件以上が実施されています。これから5年ほどで、試験結果のおおよそが出揃うはずです。この結果次第で、今後の方向が決まる。
これらの併用療法は、すでに認可されている複数の療法を組み合わせるものですが、基礎研究のレベルで動いているのは、異なる目的の療法を組み合わせる方法です。私の研究室でも多様な試みをしていて、マウスによる実験段階ではおもしろい組み合わせが見つかっています。
免疫療法の最大の課題は、一人ひとりの免疫力が異なること。風邪をひいてくしゃみで済む人がいる一方、高熱で寝こむ人もいる。では、それぞれの人の免疫力をどう検出するか。がんの放射線療法や抗がん剤は、免疫力の低いネズミでは効果が激減するとの実験結果もあります。それに、抗がん剤治療や腫瘍の切除手術は、どうしても患者さんの免疫力を弱めます。治療の初期段階で、それぞれの免疫力を知ることができれば、患者さんへのダメージを減らせるなどの効能があるのではないかと考えています。ただ、そうした研究も走り出したばかりです。
こうした展望はあっても、どこまで可能性があるかは、進んでみないとわからないというのが本音ですね。
湊● がん治療では、治療する側が「効果あり」と判断する条件と、患者さん本人やご家族の感覚との間には、ずいぶん乖離がありました。医師は、がんが再発しない期間が3か月伸びれば「効果があった」と判断しますが、患者さんや家族はどうでしょうか。実は、本庶先生が開発された免疫療法はその乖離が少ないのです。再発や転移を恐れて暮らす期間が少し伸びるのではなく、健康的な毎日を長く送れるようになることが大切。
本庶● 研究者ですから、患者さんの話を直接に聞く機会は少ないのですが、ノーベル・ウィークの合間にストックホルムでメラノーマの患者さんの会に出席しました。メラノーマは皮膚がんの一種で、白色人種の人たちがとても恐れている疾患です。この患者さんたちが免疫治療を受けているのです。こうして全快した方のお話を聞いて、私たちの研究が世界各地に届いていることを実感しましたね。
山中● 私が学生時代を過ごした1980年代は、がん遺伝子が見つかり、発見した2人の学者がノーベル賞を受賞した時期です。そうした状況もあって、1980年代後半には、「2000年にはがんは克服されている」と予測されていました。私もそう信じていました。ところが、2000年になっても、2010年になっても相変わらず、がん治療といえば腫瘍の切除、抗がん剤、放射線治療……。
でも、この数年でオプジーボをはじめとする薬が開発され、本当に治る病気になるのではと期待しています。感染症がこれだけ克服された今、人類にとってがんは最大の敵。あのときの未来図が今度こそ実現されるかもしれない。そうした研究に携われる時代に私たちはいます。
湊● 免疫学のカバーする研究領域は、がん治療の他にも、免疫システムによる腸内細菌系や脳神経系の調節などへと、どんどん拡がっていますね。
本庶● 生命科学はとても遅れた学問で、ほとんどのことがまだ、明らかではありません。遺伝子の構造は解明されても、1つの遺伝子がどのように制御されているのかは、いまだにわからない。ましてや、1人の人間にはたくさんの遺伝子があって、それが体内で次々に制御されている。こう考えると人間はとても複雑で、AIでそれを再現するなんて不可能だと思っています。(笑)
とはいえ、人間の体の仕組みは少しずつ明らかになっています。これに伴い、免疫学が研究領域を拡大しているのは事実。がん治療で重要な獲得免疫のシステム、つまり感染や予防接種によって体内に抗体をつくるシステムは、原始生命からヒトへの進化の過程の最後のほうにできたものです。進化の仕組みは突如として新しいシステムができるのではなく、スクラップ・アンド・ビルド。既存の仕組みが総動員されます。当然、既存のシステムとのリンクは不可欠です。だから、新しい免疫システムは、それ以前から存在した神経系や内分泌系とも相互作用を維持しているのです。
生命科学に限らず、科学は小さな穴から覗いているだけでは、全体像を見失います。一つひとつの小さな結果を再構築するなどして全体像を見なければ、生命は語れないのです。免疫学も、そうした大きな拡がりの中で捉えられつつあります。
山中● ところで、本庶先生はなぜ、免疫の研究を始められたのですか。実は、今日はこれをどうしてもお聞きしたかったんです。
本庶● 動物は、人工的な化合物に対しても抗体を作ることを示したカール・ラントシュタイナーの実験がありますね。遺伝子の数は有限で、細胞1つあたりのDNAの量も決まっているのに、どうしてそんなことが可能なのか。動物の抗体にはどれほどの多様性があるのかという問いは、私が学生だった1970年頃は、免疫学者のみならず、生物学者全員が直面する謎でした。そういう時期に、抗体の分子構造が解明されましたが、その遺伝子がどのように体内に存在するのかはビック・クエスチョンのまま。
1973年頃、留学先のカーネギー研究所のドナルド・ブラウンという先生が、所内向けのレクチャーを開きました。彼は遺伝子の研究者でしたが、抗体に多様性があるのは、抗体遺伝子には多数のコピーが存在するからだという仮説を発表されたのです。
私はこの仮説以上に、抗体の多様性の問題を解くことが技術的に可能であるとの指摘に感銘を受けたのです。それが解ける時代になったことを教えていただいた。これを聞いた私はすぐに、そのような研究ができる場所を探して動きました。ブラウン先生は、私が免疫学にのめり込むきっかけとなった恩人です。
山中● 具体的な方法はわからなくとも、「解ける可能性がある」というメッセージを受け取られたのですね。お話を聞いて、私もiPS細胞の構想を描きはじめた時のことを思い出しました。
奈良先端科学技術大学院大学で研究を始めた頃、分野を超えたセミナーが定例で開催されていました。その席で自己紹介もかねて、「体細胞から万能細胞を作ります。もちろん、難しいと考えています」と発表しました。本当にそう思っていたのですが、終わってすぐに植物学の先生が寄ってこられて、「山中くん、エライ難しそうに話しているけれど、植物の体は万能細胞だらけだよ」とおっしゃったのです。挿し木をするとそこから根が生えて成長するのは、カルスという万能細胞が誘導されるからだと。「できないかもしれない……」と思いつつ研究していた私は、このときを境に、「これはできるんだ!」と認識が覆った。
本庶● 万能細胞を作ろうと思ったのは、臨床的な興味からですか。
山中● ノックアウト・マウスを研究しようと、留学したアメリカでもマウスのES細胞を扱っていたのです。そのうち、なぜその多能性を何年も維持できるのかが気になって、日本に戻ってもこの研究を続けていたのです。その頃に、「ヒトのES細胞ができた」とのニュースが届いた。ネズミの研究をヒトに役立てようとは考えていませんでしたが、この研究はヒトに役立つかもしれないと……。
同じ時期、ヒトの受精卵を見る機会があったのです。娘が生まれて間もない頃で、受精卵が10か月後には赤ちゃんになることを強く意識しましたね。同時に、ヒトのES細胞の可能性に大きな魅力も感じて、なんとか受精卵を使わずに同じものを作れないかと思い始めたのです。奈良先端大に着任して研究を始めましたが、実は大きな夢を掲げることで学生を引きつけるためのやけくそテーマ。(笑)でも、植物学の先生の一言で、認識が変わりました。
山中● 私は、研究者人生の3分の2は基礎研究に費やしました。意外な研究結果に出会ったとき、それがどう役に立つのかはわからない。けれども、知ってしまったからには、はっきりさせる選択しかない。その思いで研究を続けています。
基礎研究は好きですが、iPS細胞には、そうとばかりは言っておれない状況もあります。日本発の技術ですが、放っておくとアメリカにどんどんと先を越されてしまう。日本が牽引するという使命感から、今は応用にも力を入れています。
本庶● 今回のノーベル賞のユニークな点は、物理学賞と化学賞のいずれもバイオロジーに関連する成果であったこと。物理の方法を使ってバイオロジーに貢献したり、化学にバイオロジーの原理を導入して抗体をつくったり。これが意味することを自分勝手に解釈すると、「物理も化学も、もうネタが切れたのだ」と。(笑)これから重要なのはバイオロジー。
山中● そんなこと言っていいんですか。(笑)でも、そういう本庶先生の発言は、私も楽しみで楽しみで……。(笑)
本庶● 物理と化学が終わったのではなく、物理と化学、数学も含めてバイオロジーの発展に貢献できる時代になったということ。これからが大いに楽しみなのです。
バイオロジーは、まだまだわからないことばかり。なかなか先が読めません。だから、やってみないとわからない。逆にいうと、トライ・アンド・エラーを繰り返す中で結果が出てくるケースが圧倒的に多いのです。
湊● 研究は、思いどおりにならないことも多いのですが、お2人が研究を続けられるモチベーションはなんでしょう。
山中● 「楽しいことをする」、これが一番のモチベーションです。本庶先生はずっと研究の道を進んでおられますが、私は整形外科医になりたかった。(笑)
念願の整形外科に入局したのですが、叱られてばかり。指導医が20分で終わらせる手術に、私は2時間もかかる。あまり楽しくないから、一度は研究をしてみようと大学院に進んだのです。
血圧を上げる薬を実験動物に投与して、その結果を確認する初心者向けの実験を任された時のことです。薬を投与すると、血圧が上がるどころかショック状態になるほどズコーンと下がってしまった。予想外の結果に、ものすごく興奮しましたね。「なんやこれ、むちゃくちゃおもしろいやないか」と。そう思う自分の反応にも、驚きました。(笑)その瞬間、「研究者が向いている」と思ったんです。
医学生にはまず、臨床医か、研究者かの選択がある。研究者になってからも2つの道があります。本庶先生のように免疫という1つの道を踏み外さずに研究する生き方と、私のように結果を見ながら、楽しいほうにテーマがコロコロ変わる生き方。私にはこの生き方があっているだけで、人には勧めません。予想外の結果が生じたときは、その結果云々よりも、元来の研究テーマに立ち戻ってじっくり考えることが楽しいと感じるなら、絶対にそうすべきです。自分がどんなタイプかを見極めることが大切です。
湊● 「楽しい」には、「気になってしょうがない」という意味も含みますね。本庶先生がおかしな病態を示すマウスを持ってこられると、私は気になって気になって、どうしても調べずにはおられなかった。(笑)本庶先生はいかがですか。
本庶● 正直に言って、苦しんだり、辞めようと思ったりしたことはあまりない。ずっと楽しくやってきました。(笑)
ただ、誰しもが自分の生きる意味を考えることがあるはずです。お金を儲けたいと思う人、好きなことに一生をかけたい人、それぞれです。だから、ここにいる学生全員が研究者になるのが良いとは思いません。むしろ、誤った選択をしないでほしい。つまり、研究者として続けるには、「知りたい」という強烈なエンジンが必要です。「何をすればよいかわからない」というのであれば、続けることは難しいかもしれない。
子どもの頃は、プロ野球の選手になることも、オペラ歌手になる可能性もある。しかし二十歳(はたち)くらいになると、自分の限界がわかったり、さまざまな要因で可能性を自ら減らしたりしながら、自分自身に何をしたいのかを問いつめる。誰もが通る道ですね。そこで厳しく見極めて、「自分のしたいこと、得意なことを選択する」しかないのです。
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本庶佑特別教授のノーベル生理学・医学賞の受賞を記念して、「有志基金」を設立しました。本基金は、本庶特別教授がかねてから重要性を提唱されている基礎医学研究の加速や基礎研究に携わる研究者への支援の充実を目的としています。
「有志」基金は、本庶特別教授の座右の銘である「有志竟成(ゆうしきょうせい)」から名づけられました。中国の歴史書に由来する言葉で、「志を曲げることなく堅持していれば、必ず成し遂げられる」という意味を持ちます。高い理想を持って研究者を目指す若手の研究者に、安定した地位と研究資金を提供できるよう助成する基金です。