2016年春号
WINDOW構想の〈D〉で推進するのが、京都を丸ごと大学のキャンパスとみなして地域・社会と共生する「京都・大学キャンパス計画」。京都の他大学との単位互換制度や、京都府や京都市、京都府下の施設との連携が大きく掲げられている。人文科学研究所(人文研)は、学問分野を横断し、多彩な研究者たちが集って一つの課題を追究する「共同研究」のスタイルをいちはやく導入した、京都大学を代表する研究所の一つ。学外の研究機関や一般市民をまきこんだ企画も活発だ
小関 隆
人文科学研究所教授
「研究成果の社会発信」とうたい、一般市民を対象とした公開講座などがひんぱんに開かれているが、「人文研アカデミーは、〈ひとクセある〉企画が多いのではないでしょうか」。
学生が所属せず、ゼミや講義を受けもつことも少ない人文研の研究者たちは、学部生や院生たちとの接点も限られる。「自分の研究について語る場が少ないというのは、じつはさみしいんですよ。ときどきは相手の率直な反応を知りたいし、人前でしゃべることはささやかな快楽でもあるんです。担当がまわってくるのを楽しみに、アカデミーに注力する先生は多いですよ」。
市民むけの講演は、専門的になりすぎず、わかりやすく話すことが基本。「でも、ついつい熱が入って、難解な用語を連発し、『わからないよ』と突っ込まれることもあります。学生相手なら、『勉強が足りない』とつっぱねられますが、アカデミーには勉強する義務のない方もこられますから、そうはゆかない」。学術研究会とは別次元の「むずかしさ」も感じるが、多種多様なテーマ、多彩なゲスト陣、凝った演出など、サービス精神旺盛な教員たちのパフォーマンスが来場者を惹きつけ、リピーターの数は年々増加。「社会還元という趣旨もありますが、なによりも、客席のみなさんがよろこんでくださっているのが、私たちの励みです」。
担当の教員たちが数か月かけて練り上げる企画はいつも盛況で、立ち見がでることもめずらしくない。密かにアイデアを温める教員も多い。「若い教員たちから、想像もしない企画が出てくるかも。楽しみにしておいてください」。
○連続セミナー
「人文研アカデミー」の中軸の企画。一つの共同研究成果を毎週違った視点から講演する。
○連続読書会
中国やフランスの小説や哲学書を、毎週ひたすらに読んでゆく、専門性の高い企画。
○レクチャーコンサート
人気企画。クラシックやジャズのプロ・ミュージシャンの演奏を聴きながら、解説が聞ける。
○夏期講座「名作再読
歳をへて読めばおもしろいかも?という名作や、読んでおくべき小説を再読し、教員が解説する。
○文学者との対談イヴェント
文学作品の著者が「なにを考えているのか」に迫る。初回ゲストは角田光代さん。
○その場小説
小説家のいしいしんじさんが〈その場〉で小説を書きすすめ、そのごに対談する。
○キッチントーク
『ナチスのキッチン』の著者である藤原辰史准教授の解説を聞きながら、ナチス時代のレシピをじっさいにつくり、食べる企画。
profile
こせき・たかし
1960年、東京都に生まれる。1991年に一橋大学大学院社会学研究科博士課程を修了。東京農工大学助教授、津田塾大学助教授などをへて、2015年から現職。
>> 教育研究活動データベース
高木博志
「みやこの学術資源研究・活用プロジェクト」代表
人文科学研究所教授
京都大学には、厖大な学術資源が眠る。倉庫の隅に押しやられ、処分寸前の資料も少なくない。埋もれた資源に光をあてて、多面的な視点でその価値を解釈しなおそうと、人文研が中心となって、2014年からすすめるのが、「みやこの学術資源研究・活用プロジェクト」。あつかう資源は図書類にかぎらず、調査・研究の一環で録音した音声資料や映像資料、美術作品、手紙、事務書類などさまざま。
学術研究の世界では、短期間で成果をあげて、世に発信することが強要されがちな昨今。アウトプットを急ぐあまり、「研究過程や、過去の研究の蓄積がないがしろにされているのでは」と、高木教授は懸念する。「日本には、明治以降に西洋から輸入し、日本の社会で育まれ、熟成された近代知の蓄積がある。そうした歴史的な背景もふくめて、遺された学術資源に託されたメッセージを後世に語り継がなければ、私たちはいつか、〈記憶喪失〉に陥ってしまうかもしれません」。
「共同研究」で、京大内のほかの部局や国立民族学博物館、日仏会館など、学外の研究機関とも柔軟に連携してきた人文研。京大全学、さらには京都の街に埋もれる資源も発掘したいと、高木教授は意欲を燃やす。「資源の存在価値を意識して、積極的に保管してほしい。まずは人文研所有の資源を整理し、目録やデータベースをつくり、パンフレットなどを利用して発信しようとしています」。
1. 桑原武夫*の個人文書にみる文化的ネットワークの調査
桑原武夫に宛てられた手紙などから学者や文化人とのつながりをひもとく。現在は、段ボール20箱を超える資料を、大学院生が手分けしながら整理・分類している最中。
*桑原武夫 (1959年~1963年の人文研の所長。「共同研究」のコンセプトを築いた一人。)
2. 京都大学美術資源の所在の調査
人文研所蔵の美術品が対象。いずれは、京大全学に眠る美術資源の所在調査をめざす。
3. 農学部旧蔵農業経済関係新聞記事スクラップのデータ化にむけた作業
戦前からスクラップされた358冊もの新聞記事を分類し、デジタルデータ化する。
4. 人類学的学術資源の再発見──フィールドワーカーの足跡をたどる
国立民族学博物館と共同で実施。梅棹忠夫が遺した音声や映像をデジタル化する。
5. 京都における日欧交流史の初期調査
アンスティチュ・フランセ関西のもつ日仏交流資料をフランスでも調査しつつ分析する。
6. 近代京都研究のための予備調査
井上清など、人文研に所属した日本近代史研究者の遺した社会運動の資料をあつかう。
7. 京大東洋学研究のための予備的調査
文化大革命の紅衛兵が作成した新聞やチラシ、パンフレットをあつかう。
profile
たかぎ・ひろし
1959年、大阪府に生まれる。北海道大学文学部助教授などをへて、2011年から現職。著作に『京都の歴史を歩く』(岩波新書)などがある。
>> 教育研究活動データベース
「学力試験では測れない、高校生や受験生の多様な能力を評価したい」と京都大学が2016年度から導入した「特色入試」。推薦条件の厳しさやサンプル問題の難しさに驚いた受験生も多いことだろう。今年度に特色入試を実施したのは14の学部・学科。学部・学科ごとに異なる要件と試験が課される。4年前から制度の検討をはじめ、学部ごとにもっとも適した入試方法を探ってきた
北野正雄
理事・副学長(教育担当)
「はんだごてを使う実験で、熱せられたコテ先を持ち手と間違えて触る大学生がいます。これって、けっしてめずらしいことではないんですよ」。高校では受験勉強が優先され、実験や実習の機会が減っていることの弊害だと、北野理事は危惧する。「私はラジオ少年で、親に隠れていろいろな機械を分解したものです。機械に触ることが好きだったから電気電子工学科を選んだ。医師になるつもりはないのに、親や高校、予備校の期待に応えようと医学部をめざす人もいる。偏差値で学部や学科を選ぶのではなく、この学部でこんなことを学びたいと興味をもって、主体的に集うのが、大学のあるべき姿。『偏差値がすべて』という傾向に、大学はアンチテーゼを出さなくてはいけない」。
特色入試の申請には、高校での実績のほか、大学で学ぶ意欲についての考えをまとめた「学びの設計書」の提出が必要。「受験は選抜ではなく、マッチング。学生の興味や資質と、学部で学ぶ内容とが噛みあうかどうかが評価のポイントです。模範解答などありません。生徒たちの内から湧きでる、『この学部で学びたい』という志を見極めたいのです」。
特色入試の問題のサンプルは事前に公表されているが、公開の意図は受験対策のためではない。「特色入試を〈学部・学科のショーケース〉と位置づけています。一般入試を受ける人にもぜひ見てほしい。設問は、各学部の教育内容に関連しています。『この学部ではこういうことを学ぶのだ』というメッセージです。学部について調べたり、入学後の勉強内容をイメージしたり、高校生なりに、自分の将来を考えてみてほしい」。
京都大学が求める学生像は、「行列ができているからよい店に違いない」と列の後ろに並ぶ人ではなく、行列の先頭をつくる人、よい店を見つけ出せる人。「学ぶ意欲にあふれた学生は、教員にも影響を与えます。やる気のある学生がいれば、一歩も二歩も踏みこんだ授業をすることもあります。たんなる聴衆ではなく、京大という生きものの細胞の一つになって、〈京都大学〉という場をつくってほしい。大学入学は終着点ではなくスタート。入試が終わってから、ほんとうの『学び』が始まるのです」。
推薦要件の例
課題研究や科学に関する課外活動において顕著な実績をあげた者
大学入試センター試験において、指定した教科・科目を受験する者
本学工学部電気電子工学科での学びを強く志望し、合格した場合はかならず入学することを確約する者
提出書類
調査書
推薦書
学びの設計書
顕著な活動実績の概要
選抜方法及び基準
提出書類、および大学入試センター試験の成績を総合して合格者を決定。提出書類をA~Dの4段階で評価し、A評価のうち、センター試験の合計得点が80%を超えた者を合格者とする
profile
きたの・まさお
1952年、京都市に生まれる。1977年に京都大学大学院工学研究科修士課程を修了。京都大学大学院工学研究科助教授、教授、工学研究科長・工学部長、同大学国際高等教育院長などをへて2014年から現職。
WINDOW構想の最後の〈W〉は、女性が学びやすく、働きやすい環境をめざす、Women の〈W〉。学生に占める女性の比率は2割。職員では6割を超えてはいるが、教員はまだ1割にとどまっています。
京大をめざす受験生のなかには、「将来は研究者に」と夢見る女性も多いはず。受験はゴールではなく、研究者としてのスタート地点。わかっていても、実感しにくいのが現実。女性研究者たちの思いや実情を知ってもらおうと、2015年12月26日に開催された「女子高生・車座フォーラム」(主催・京都大学男女共同参画推進センター)には、約130名の女子高生とそのご家族の参加がありました。
女性研究者の講演につづき、午後に実施されたグループ・ワークは、学部ごとに9つのグループに分かれての意見交換。大学教員や学生たちと交流できるまたとない機会とあって、受験対策や入学後の授業のレベル、学生生活、卒後の進路など、高校生からは具体的な質問が次つぎと投げかけられました。いくら情報を集めても受験生たちの不安は尽きません。それを経験している現役大学生たちは、後輩たちの緊張をすこしでもやわらげようと、失敗談を織りまぜながら、大学生活のおもしろさを表情豊かに語ります。高校生たちの表情はしだいにリラックスし、あちこちから笑い声が聞こえてきます。
参加の感想をたずねると、「不安がなくなった」、「京大は、思っていたよりフレンドリー」、「女性研究者のひたむきさとたくましさにふれて、研究者の道もいいかもって……」。彼女たちの明るい表情がイベントの成功を代弁しています。目の前に迫る受験の先に拡がる世界、10年後、20年後の自分の姿に思いをはせる貴重な時間となったようです。