新春を迎えて
新年名刺交換会での挨拶
2003(平成15)年1月6日新年明けましておめでとうございます。今年は私にとりまして最後の年でありますが、京都大学にとりましても戦後50余年続いた新制国立大学としての京都大学の最後という歴史的な年になるわけであります。新しい法人としての国立大学は平成16年4月に発足の予定であります。
本年は、全学共通教育の改善の使命を持った高等教育研究開発推進機構が発足するなどのほかに、法科大学院設立の準備など、いろいろと新しく計画しなければならないことがありますが、特に法人化のための準備をすべき非常に重要な年であります。そこで、この1年間にどのようなことをしなければならないか、またどのような方向を目ざして努力すべきか等について私見を述べ、皆様方のご参考に供したいと存じます。
国立大学は独立行政法人の考え方で国立大学法人となるべく、その基礎となる国立大学法人法(仮称)の法案を文部科学省で作成中であり、これは本年2月ないし3月頃に閣議決定され国会に提出され、5〜6月頃に国会で成立する予定とされています。
国立大学の法人化が将来の我が国の人材育成と研究の発展にとってどのような影響があるかは誰にも分かりません。高等教育が全体として悪い方向に行くのではないかと心配する人もいますが、少なくとも大学に今まで以上の自由度が与えられるのでありますから、これを最大限に活用し大学を発展させることが必要で、それはそれぞれの大学の教職員の自覚と努力、特に学長を中心とする役員会の努力にかかっているわけであります。
京都大学は学部自治を最大限に尊重してきた伝統を持ち、法人化後もその考え方は堅持してゆくべきものと考えますが、一方では独立した1つの法人として国や社会の要請に応えてゆかねばなりません。これからは国立大学間でもこれまで以上に熾烈な競争が行われるようになってゆく中で、各学部の考え方がばらばらで、大学として迅速に意志決定ができないという事態がしばしば起こるようなことになれば、深刻な状況を招きかねないわけであります。したがって学部自治と大学の統一的意志の形成との関係についてはよく議論し、相互理解のもとにスムースに大学としての意志決定ができるような組織上の工夫をするとともに、こういった方向で大学構成員の十分な理解に達しておく必要があるでしょう。
法人化された後は、教職員は大学との間で契約によって雇用されるということになります。教員については大学における勤務形態の定め方、研究成果等についての所有権の帰属問題、兼業兼職の範囲・内容などを明確にしなければなりません。大学における研究は自分の創意による自分のための研究であると同時に、それが大学側の教員雇用の目的の中のものであるという微妙な関係があるということを考えねばなりません。
事務職員や技術職員などにおいては、それぞれの専門性を高め、企画力をつけることによって、それぞれの職場において責任のある判断にもとづいて仕事をし、組織全体が効率よく動くようにしなければなりません。最も大切なことは、教員と事務系職員等はそれぞれの持ち場での活動を尊重する対等の立場にあるという認識をお互いに明確に持つことでありましょう。
法人化されれば学生納付金は直接大学の重要な財源となりますから、学生に対してはそれに対応したしっかりした教育を施し、大きな付加価値をつけた人材を社会に送り出す責務をより一層明確に意識しなければなりません。学生はある程度自由放任にしておいた方が良いのだといっていた時代は過ぎ去り、グローバル化した国際社会で厳しい競争をしなければならない時代に、京都大学卒業生としてふさわしい学力と識見を身に付けさせることが必要であり、そのために今以上に工夫された授業と試験をきちんと行い、きめの細かいガイダンスを行わねばならないでしょう。第三者評価機関も学生の教育実態については厳しい目で見て評価することは間違いありません。
学生に勉強をさせるためには、勉強をせざるをえない環境を作り出すことが大切でしょう。例えば、学部・学科単位で入学試験を行わず、大枠で学生をとり、3年次に所属を決めることにすれば、自分の進みたい学部・学科への分属のために大学入学後も競争をしなければならないということになります。入ってしまえばなんとか単位をそろえて卒業できるということでは、学生間の切磋琢磨の環境がないわけであります。そのためには教員自身が自分の学部・学科を学生にとって魅力あるものとし、相互に厳しく競争的に共存してゆこうという決心がなければならないでしょう。
研究についていえば、これから新しい研究分野がどんどん出てくる状況に対して、どう対応してゆくかということが、大学の研究において最も大きな問題であります。学問はますます複雑かつ広範にわたるようになりますから、いわゆる学際的分野を急速に立ち上げ、これまで蓄積してきた成果を用いてお互いに協力しながら研究を大きく展開させてゆかねばならないといったことが起ってくるでしょう。
こういった分野の発展のために、その都度学部・学科や研究科を作るということは、その検討に長期間を必要とする等のことから非現実的であります。したがってそれに代わるものとして、既存の組織を変えずに動的に教育研究グループを編成し、そこに適当な建物スペースや教育研究費を出すといった方法を考えるべきでしょう。
研究の質が国際的に見て高く、海外から学生や研究者が集まってくる魅力ある大学となることが必要であることは言うまでもありません。積極的に海外に出てゆくとともに、もっと積極的に外国人研究者を採用し、教育研究に活躍してもらえるようにする必要があるでしょう。女性教員の比率ももっと高めねばなりません。
これからは大学が社会に対してどのように貢献しているかを示すことがますます必要となってゆきます。優れた人材を社会に送り出すだけでなく、社会人をもっと積極的に受入れて高度な専門知識をもって帰ってもらうことも必要でしょう。社会人がクラスの中に何人かいることは、若い学生にとっていろんな意味で良い影響を与えますし、また教員も社会経験の豊かな人が聞いているということで授業の内容・態度が改善されると言われています。京都大学の場合、どのような教育目標をもって、どのような社会人を受入れるのがよいかをよく検討すべきでしょう。
社会貢献のもう1つは言うまでもなく産官学連携といった方向であります。産学協力によって大学の持つ知的資産を企業に移転することの他に、共同研究を行うことによって現実社会が持っている困難な問題を大学人がよく知り、それを学問的に解決するとともに、そこから新しい研究をスタートさせ、新しい学問を創造することもありうるわけです。
これからは規模の時代ではなく質の時代となってゆくと思われます。京都大学も優れた教員・研究者を集め、質の高い研究を行うとともに、優れた学生を育てる大学となってゆくべきであります。既にそのようになっていると言う人もいるでしょうが、決してそうではありません。オクスフォードやケンブリッジ、ハーバード、あるいはユニークな存在としてのカリフォルニア工科大学などを見れば、我々はもっともっと努力をしなければならないことがよく分かるのであります。以上に述べました様々なことをどのように法人化後の中期目標・中期計画に盛り込むかということが法人化に際しての今年の大きな課題であります。
この大学改革の時代において、嵐が通り過ぎるのを待つといった受身の態度でなく、これを真剣に受け止めて、過去を見なおし、新しい京都大学の出発のために教職員全てが努力することが必要であります。特にそれぞれの部局の自主性を認め合いながら、大学全体としてのコンセンサスを作り、積極的な相互協力をしながら、さらに良い教育と学問研究の展開に向けて努力をしてゆきたいものであります。このような変革の時にこそ、我々は大学の原点に立ち帰り、学問とは何か、大学における教育とは何かを真剣に問いなおし、いろんな新しいことに挑戦することが必要であります。
法人化後の京都大学をどのように描くかということは、10年、20年先の京都大学の運命を決めることでもあります。この1年が皆様の相互協力によって、法人化のためのしっかりした設計のできる年となることを期待し、年頭のご挨拶といたします。